岡山地方裁判所 昭和49年(ワ)410号 判決 1979年3月16日
主文
一 被告安井千代治は原告に対し、別紙目録二記載の建物を収去して、別紙目録一記載の土地を明渡し、かつ、金三五万三〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年八月二八日から完済まで年五分の割合による金員並びに昭和四九年八月一日から明渡ずみまで一ケ月金一万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。
二 被告内海広は原告に対し、別紙目録三記載の建物の部分から退去して、別紙目録四記載の土地部分を明渡せ。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文一ないし三項と同旨
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別紙目録一記載の土地(以下「本件仮換地」という)を所有している。
2 被告安井千代治は、右土地上に別紙目録二記載の建物(以下「本件建物」という)を所有し、右建物のうち、別紙目録三以外の部分をタコ焼の製造販売の店舗などに使用して、右土地を占有している。
3 被告内海広は、別紙目録三記載の建物部分を栗の販売店舗などに使用して、別紙目録四記載の土地の部分を占有している。
4 右土地の地代は、昭和四六年八月から同年一二月まで一ケ月金七〇〇〇円、昭和四七年一月から同年一二月まで一ケ月金七五〇〇円、昭和四八年一月から昭和四九年七月まで一ケ月金一万二〇〇〇円が相当である。
よつて、原告は、土地所有権に基づいて、被告安井に対し、本件建物収去土地明渡を、被告内海に対し、別紙目録三の建物の部分から退去して、別紙目録四記載の土地部分の明渡を求めるとともに、被告安井に対し、昭和四六年八月から昭和四九年七月までの地代相当額の損害金三五万三〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である同年八月二八日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに同年同月一日から本件土地明渡ずみまで一ケ月金一万二〇〇〇円の割合による地代相当の損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の事実は、いずれもこれを認める。
2 同4の事実は否認する。
三 抗弁
1 占有権原について
(一) 被告安井千代治は、訴外楠田甚蔵、同深井と共同して、昭和二〇年一二月ころ、原告から岡山市栄町四五番地宅地一二・四九平方メートル(以下「従前の土地」という)を建物所有の目的で、地代は年額五〇〇円で期間を定めず賃借した。
(二) 仮に、右共同賃貸借契約が認められず、楠田甚蔵が単独で右土地を賃借したとしても、同人は、昭和二三年ころ、同被告に対し、右土地を使用させ、原告は、そのころこれを承諾した。仮に、右承諾が認められないとしても、昭和三〇年一二月末ころ、これを承諾した。すなわち、原告は、旧建物の近くに居住し、右建物で同被告が単独で飲食店を経営していることを知りながら、何ら異議を述べなかつたし、また、地代も同被告の妻から受けとつていたから、黙示の承諾をしていたものである。
(三) 同被告は、右土地に木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟(以下「旧建物」という)を建築して、飲食店を経営していたが、岡山市長を施行者とする岡山県南広域都市計画事業岡山地区復興土地区画整理事業(以下「本件区画整理事業」という)が施行されて、昭和三七年一一月一九日、右土地に対し仮換地として、本件仮換地が指定された。同市長は、右事業の一端として、昭和四六年七月下旬から同年一〇月下旬までの間に、旧建物を取りこわし、本件仮換地上に木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗(以下「本件建物」という)を移築したうえ、同被告に対し、本件建物の移転工事完了通知書を発し、かつ、本件建物は、施行者の管理を離れたから、従前どおりの使用を開始して差支えない旨の使用許可の通知も発した。そこで、同被告は、本件建物で飲食店を継続することになつた。従つて、たとえ、同被告が同市長に対し、書面による賃借権の申告をせず、従つて同市長から土地区画整理法九八条一項所定の権利の目的となるべき土地としての指定通知(以下「本件仮換地の指定通知」という)を受けなくても、本件仮換地を使用する権原を有することは明白である。
2 権利濫用について
(一) 原告は、同市長が本件仮換地上に本件建物を移築する際に、建築工事中止の仮処分申請などの法的手続をとるべきであつたのに、これをせずに拱手傍観していながら、右工事が完了して三年も経過してから本件建物収去土地明渡を求めている。
(二) 同被告は七九才の高齢であるうえ、右足関節炎を罹つて、大森病院に通院中であり、妻八重野は、身体障害者福祉法別表第五(第一級)に該当する高度の慢性腎炎を患つて、昨年一〇月以来今日まで、一年間岡山協立病院に入院して加療中である。また、娘作江は、右老父母の看病と育児に忙しく、満足に働けない状態にあり、同女の得る収入だけでは生活ができなくなつて、昭和五二年一〇月六日から生活保護を受けるようになり、その扶助金と本件建物から入る家賃収入とによつて、辛じて最低生活を送つている。また、被告内海夫婦は、別紙目録三記載の建物部分で甘栗を販売しているが、二人とも身体が弱く、しばしば休業し、所得税の申告をしなくてもすむ程度の収入しか得られないため、苦しい生活を送つている。これに反し、原告は、本件仮換地のすぐそばに一〇〇坪余りの広い土地を所有し、ゼニヤス商店という商号で広く立派な婦人服店を経営しており、年間一〇〇〇万円を下らない収益をあげているものと推察されるが、わずか四坪足らずの本件仮換地を無理に明渡させる必要がない。
(三) 原告は、昭和二三年ころから昭和四四年までの二一年間、被告安井の持参した金員を受けとり、特に昭和三〇年以降は、判取帳に右金員を受領した旨の署名又は記名捺印までしていたから、同被告は、原告から従前の土地を賃借又は転借していると信じていた。従つて、同被告が右のように賃借権又は転借権を有すると信じたことについては、原告に重大な過失がある。
以上のような事実を考慮すると、原告の本訴請求は権利の濫用である。
四 抗弁に対する認否
1 正当権原について
(一) 抗弁(一)の事実は否認する。原告は楠田甚蔵に対し、従前の土地を無償で、臨時に使用を許したにすぎない。
(二) 抗弁(二)のうち、楠田甚蔵が同被告に対し、従前の土地を使用させたことは不知、その余の事実は否認する。昭和三〇年から昭和三六年まで、同被告の妻らが毎年一回原告方に金一万円を持参したが、原告は、最初、楠田甚蔵の使者が持参したものと思い、かつ、年末に持参されるので、歳暮ないしお礼として受けとり、領収書に署名捺印した。その後、原告は土地利用者が楠田甚蔵ではなく、また都市計画も決定したので、昭和三七年一二月から右金員を一応預かることにした。
(三) 抗弁(三)のうち、岡山市長を施行者とする本件区画整理事業が施行されて、昭和三七年一一月一九日、従前の土地に対し、本件仮換地が指定されたことは認めるが、同被告が従前の土地に旧建物を建築したことは否認し、その余の事実は知らない。
旧建物は楠田甚蔵が建築したものである。また、同被告は同市長に対し、賃借権の申告をせず、従つて本件仮換地の指定通知も受けていないから、同被告は本件仮換地を使用収益することはできない。
2 権利濫用について
(一) 抗弁(一)の事実は否認する。原告は同被告の建物を本件仮換地へ移転させることに反対し、同市長に対し、本件建物から同被告を立退かせるように要請した。岡山市も、原告の意を受けて、同被告に対し、替地のあつせんをし、同地に移転するように再三交渉したが、同被告はこれを拒否した。また、原告は同被告に対しても、直接あるいは岡山市を通じて、従前の土地から立退くように要求した。しかし同被告が、これに応じなかつたため、同市長は強制的に本件建物を移築してしまつた。
(二) 抗弁(二)のうち、原告が本件仮換地のすぐ近くに一〇〇坪余りの広い土地を所有し、広く立派な婦人服店を経営しており、年間一〇〇〇万円を下らない収益を得ていることは否認し、その余の事実は知らない。
(三) 抗弁(三)の事実は否認する。同被告は、従前の土地を使用するに至つた時点から、原告との間が不自然であることに気づいていた。地代の交渉その他地主との間で通常行われるやりとりも皆無で、同被告自身地主方に行けないから、使者をやるなど通常の地主と借地人との間柄ではなく、同被告自身少くとも正常な賃貸借でないことを十分認識していた。
第三 証拠(省略)
目録一
岡山市栄町四五番 宅地一二・四九平方メートルの仮換地
二工区 三六ブロツク 一二・七九平方メートル
目録二
岡山市栄町四四番地
家屋番号 六一番二
店舗 木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建
床面積 一階 八・一三平方メートル
二階 八・一三平方メートル
目録三
訴状別紙目録二の建物の内、一階の東側約三、八〇平方米(本見取図の斜線部分)
<省略>
目録四
訴状別紙目録一の土地の内、東側約三、九六平方米(本見取図の斜線部分)
<省略>
目録五
<省略>
別表
<省略>
<注> <5>の固定資産税は、昭和46年から昭和48年は税率が<省略>、昭和49年は<省略>で、これを<4>に乗じている。
<7>の都市計画税は、税率が<省略>で、これを<6>に乗じている。
<9>の管理費は、純地代ともいうべき、<3>+<5>+<7>の<省略>としている。
<10>は、<3>+<5>+<7>+<9>
<11>は、<10>×<省略>